李善蘭
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1810年、浙江省嘉興海寧生まれ。幼時より経学・数学に優れていた。15歳で『幾何原本』6巻を読破した。17歳で杭州の郷試を受けて不合格となるが、このころから天文学・暦法の研鑽を積み、数学家として知られるようになった。
35歳で『方円闡幽』『弧矢啓秘』『対数探源』の3つの数学の著作を発行した。1852年から1866年まで上海の墨海書館の編訳スタッフに招かれ、アレクサンダー・ワイリー(偉烈亜力)とともに、明代にマテオ・リッチ(利瑪竇)と徐光啓が訳さなかった『幾何原本』の後半9巻の訳を完成させた[1]。他にワイリー、アレクサンダー・ウィリアムソン(韋廉臣)、ジョセフ・エドキンス(艾約瑟)らとともに『談天』、ド・モルガンの『代数学』、イライアス・ルーミスの『代微積拾級』[注 1][2]、また『円錐曲線説』『奈端数理』[注 2]『重学』『植物学』などの本を訳し、これらは墨海書館から刊行され大きな反響を呼んだ。