アメリカ合衆国陸軍統治下のソウル特別自由市に生まれる。1969年、梨花女子大学校史学科を卒業[1]。1971年、同大学大学院韓国史專攻を修了。1985年、西江大学校大学院韓国史專攻を修了し、博士号を取得した。同年から梨花女子大学校で教授として在職[1]。
1999年、ソウル特別市の時事編纂委員会委員。2003年、国史編纂委員会委員。2004年、韓国女性史学会長。2005年、 ソウル市文化財審議委員。2006年、朝鮮時代の私学会長。
2006年8月1日、梨花女子大学校総長に就任。2010年7月31日に総長を退任。
2012年8月20日、セヌリ党は全党大会を開き、次期大統領選の公認候補として朴槿恵を選出した[2]。朴は李培鎔と同じく西江大学校の出身者であった。李はセヌリ党の大統領選挙対策委員会共同議長に就き、朴の当選に尽力した[1]。
2013年、韓国学中央研究院長に就任。朴槿恵政権下で国定歴史教科書推進の旗振り役を務めるが、このとき関わった教科書は親日附逆と独裁を美化したという批判を受けて廃棄された[3]。
2022年3月9日、大統領選挙が行われ、国民の力の尹錫悦が第20代大統領に当選した。大統領就任後、尹錫悦は李培鎔を特別顧問に任命した[3]。
同年9月22日、尹大統領はさらに、国家教育委員会の初代委員長に李を任命した[1]。前述した国定教科書問題の関係者であること、教育政策の専門家ではないことなどから、教育界と歴史学界はこの人事に強く反発した[4]。国家教育委員会は9月27日に発足し、李は同日付で委員長に就任した。
2025年8月13日、李在明大統領は国家教育委員会の第2代委員長に、前釜山大学校総長の車正仁(チャ・ジョンイン)を任命した。車正仁の任期開始日は同年9月27日とされたが[5]、それよりも早まった(後述)。
同年8月28日、尹錫悦の妻の金建希の疑惑を捜査する特別検察官チームは、金建希の実母の崔銀順(チェ・ウンスン)が運営する療養所の金庫から、「金の亀」と、李培鎔が尹夫妻に宛てた当選祝いの手紙を発見した。当局は、尹が「金の亀」を贈られた見返りに李培鎔に国家教育委員長のポストを与えたとみて捜査を進めている[6][7][8][9]。李培鎔は国家朝餐祈祷会の副会長を務めているが、同団体の会長は、尹の当選前後に金建希にヴァンクリーフ&アーペルのネックレスなどを贈り、長女の夫のパク・ソングンの国務総理秘書室長就任の便宜をはかってもらったとされるソヒ建設のイ・ボングァン(이봉관)会長である[8][10][11]。
同年9月1日、李培鎔は国家教育委員長を辞任する考えを表明[7]。即日辞職した。同月5日、特別検察官チームは国家教育委員会を家宅捜索した[12]。