1998年7月、金大中大統領の秘書室政務首席秘書官として、全斗煥と金泳三両元大統領の自宅に行って、元大統領らが参加する晩餐会への招待を知らせた[4]。
2007年ごろ、民主党の党員たちは党籍を頻繁に変えたことで、渡り鳥と揶揄されたこともある。李は同年2月にウリ党を離党した後、無所属のままだっだが、どうやら本人は統合民主党に入党したと思い込み、同年7月に統合民主党全北道党部に離党届を提出した。統合民主党がこれを公表した後、ハンナラ党側から「政界渡り鳥のブラックコメディ」という皮肉を受けた[5]。
韓国道路公社社長在任中に「スマート街灯」事業を主導したが、その街灯の核心部品は韓国国内で李の弟らが運営する会社が事実上独占して納品していたため、利益相反の指摘があった。一方、李社長は取材に対し、その会社を全く知らないと関係を否認した[6]。