李建勲 From Wikipedia, the free encyclopedia 李 建勲(り けんくん、生年不明 - 925年)は、中国・唐代末期の詩人。字は致堯(ちぎょう)。広陵郡の出身。本貫は隴西郡狄道県。 唐末、南唐王朝の建国に尽力し、中書侍郎平章事(宰相)に任ぜられたが、後に勢力を失い、撫州節度使に左遷された。更に呼び戻され、司空を拝命したが、鍾山(現在の江蘇省南京市の南東)に別荘を建て、辞職して引きこもったので、天子から鍾山公の号を授けられた。 詩人としての彼 現在、『李丞相詩集』二巻が残っている。作品に『宮詞(きゅうし)』(七言絶句)がある。 宮詞 宮門長閉舞衣閑 宮門長(つね)に閉ざして舞衣(ぶい)閑(しず)かなり 略識君王鬢便斑 略(ほ)ぼ識(し)る 君王の鬢(びん)便(すなわ)ち斑(まば)らなるを 却羨落花春不管 却って羨む 落花(らっか) 春管(かん)せず 御溝流得到人間 御溝(ぎょこう)流れ得て 人間(じんかん)に到るを 出典 『唐詩選』(版:岩波文庫、註解:前野直彬) この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 Related Articles