李慶弼

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国籍 大韓民国の旗 韓国
生年月日 (1974-05-21) 1974年5月21日(51歳)
身長
体重
186 cm
86 kg
李 慶弼(イ・ギョンピル)
基本情報
国籍 大韓民国の旗 韓国
出身地 ソウル特別市
生年月日 (1974-05-21) 1974年5月21日(51歳)
身長
体重
186 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 1次ドラフト
初出場 KBO / 1997年
最終出場 KBO / 2007年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

李 慶弼(イ・ギョンピル、朝鮮語: 이경필1974年5月21日 - )は KBOリーグ斗山ベアーズに所属していた大韓民国出身の元プロ野球選手投手)。

1997年1次指名を受けOBベアーズに入団し、デビュー初年度に先発と救援を行き来しながら7勝4セーブ、防御率3.62を記録した。

1998年には10勝、1999年には13勝を記録し、先発エースとして完全にポジションを固めた。

1998年は防御率10位に上がった。

1999年は防御率3位、最多勝8位、勝率8位にランクされた。しかし、1999年のシーズン後に肘の負傷でトミー・ジョン手術を受け、2000年には1試合にも登板できなかった。

2001年の韓国シリーズ優勝メンバーとしても活躍したが、2001年以降には、勝利より敗戦が多かった。

2004年には同僚の林載哲慮景銀などとともに兵役不正に関与していることがばれ、公益勤務要員として軍服務をした。

2007年に除隊され復帰し、6月2日の蚕室LG戦で5と2/3回ノーヒットに抑えて先発勝利を収めたが、この勝利が2007年の唯一の勝利だった[1]。同年は急成長していた林泰勳などの若い選手たちにポジションを奪われてしまっており15試合1勝2敗、平均自責5.19を記録して低調な成績だった。

2007年韓国シリーズに出場したが、チームが準優勝に終わった後、放出された[2]

放出後には契約するチームはなく現役を引退した。

引退後は解説者として活動する[3][4]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1997 OB
斗山
29172007940.438539126.2126856710756055513.621.44
1998 272422110900.526608150.013784216944065523.121.19
1999 282710013700.650690166.21511255210915167593.191.24
2001 500000000----256.130302600111.420.95
2002 1050001200.33312124.23032012131017155.472.03
2003 262400081301.381494106.0122443312473171534.501.56
2004 212000051200.29445799.2113444311491059524.701.58
2007 1570001201.33316134.24301603140120205.191.70
KBO:8年 161124521455442.4553095714.27253927917563892033553033.821.40

背番号

  • 30 (1997年 - 2004年)
  • 23 (2007年)

出身学校

脚注

外部リンク

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