李鄴 From Wikipedia, the free encyclopedia 李 鄴(り ぎょう、生年不詳 - 927年)は、五代十国時代の官僚。本貫は魏州。 乾化2年(912年)、後梁の魏博節度使の楊師厚に仕えた。天祐12年(915年)、晋王李存勗が魏州に入ると、李鄴はその裨将に転じた。数州の刺史を歴任し、のちに亳州刺史に転じた。その統治は汚職が多かった。ある人が奴僕に金を持たせて李鄴に賄賂を贈ろうとしたところ、奴僕がその金を隠したので、李鄴はその奴僕を殺させた。天成2年(927年)、その家が上訴して、李鄴の犯罪が暴かれると、李鄴は郴州司戸参軍に左遷された。さらに崖州に流されて民とされた[1]。10月5日、在所で自殺を命じられた[2]。 脚注 ↑ 旧五代史 1976, p. 965. ↑ 旧五代史 1976, p. 528. 伝記資料 『旧五代史』巻73 唐書49 列伝第25 参考文献 『旧五代史』中華書局、1976年。ISBN 7-101-00321-4。 Related Articles