兵庫県神戸市に生まれる。1943年、関西学院大学予科に入学。絵画部「弦月会」に入部する。神原浩に師事し、油絵を始める[1]。1948年、同大学文学部哲学科を卒業。1950年、同大学大学院美学科を修了[2]。
1952年、田中敦子、金山明、白髪一雄らと「0会」結成[3]。1955年、田中、金山、白髪らと共に、吉原治良をリーダーとする具体美術協会に参加[4]。木枠に張った多数の紙を突き破って通り抜けるパフォーマンス『紙破り』で知られる。
1990年、神戸松蔭女子学院大学短期大学部の教授となる。1996年1月11日、自宅で死去。70歳没[1][2]。
2014年3月7日から3月29日まで、「村上三郎展」が大阪市のアートコートギャラリーで開かれる[1]。