村上志久

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村上 志久(むらかみ しく、旧姓:樋口 志久、1900年1月7日 - 1970年7月4日)は、日本の著作家山形県出身。ペンネームは、「樋口しく」・「村上志久」・「村上志久子」。

父・吉五郎、母・とよ、6人兄弟の長女、橘屋という醸造業を営む家に生まれる。家族は、配偶者・正雄、長女・眞呂、次女・しま。

勉学への情熱が高く上京、救世軍に勤務しつつ、志立鉄次郎家(福沢諭吉四女婚家)書生として青山学院通学、英語の修得、婦女界、婦人雑誌、児童向け作品発表と活動、菊池寛と交流、眞呂を紹介。夫・正雄亡き後は、英語の教師をはじめ生計を立て、眞呂、しまを育てた。

1970年7月4日、新宿区住吉町の自宅にて病気の為死去(東京女子医大にて)。

掲載歴

著作

出典

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