村岡美枝 (陸上選手)
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愛知県生まれ[1]。愛知県第一高等女学校(愛知県立明和高等学校の前身校の一つ)在学中の1930年にチェコスロヴァキアのプラハで開かれた第3回国際女子競技大会に代表選手として参加する(参加選手は6人で、人見絹枝、本城ハツ、中西みち、村岡美枝、渡辺すみ子、浜崎千代。人見以外は学生選手)[2][3]。このとき代表の中心としてチームを引率した人見が翌1931年に死去した際に、葬儀で「お姉さんは女子スポーツに貢献されました。その大きな足跡はけっして消えることがないでしょう。私たちは非力ですが、遺志をつぐよう全力を尽くして頑張るつもりです」と弔辞を読んだ[3]。
1932年ロサンゼルスオリンピックで女子400メートルリレー走に出場、日本チーム(他に中西みち・土倉麻・渡辺すみ子)は5位に入賞した[1]。
1932年の日本陸上競技選手権大会において、女子200m走で優勝[4]。
脚注
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注釈
出典
- 1 2 3 4 “Mie Muraoka Olympic Results”. Sports Reference LLC. 2020年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月21日閲覧。
- ↑ 浜田幸絵「女のスポーツをめぐる語り - 世界女子オリンピック(1926年・1930年)報道の分析」『島大言語文化』42号、pp.67 - 88
- 1 2 “オリパラこぼれ話 人見絹枝の生涯(下) 粉骨砕身、日本の女子スポーツ発展に奔走”. 毎日新聞. (2019年7月23日). https://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20190723/mog/00m/050/005000c 2019年10月13日閲覧。
- ↑ “過去の優勝者・記録 女子200m”. 第97回日本陸上競技選手権大会. 日本陸上競技連盟. 2021年3月21日閲覧。
関連項目
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