村松友次
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2921年、長野県小県郡丸子町(現上田市)で生まれた。ハルピン鉄道学院露語専修科でロシア語を学んだ。1944年から長野県および東京都にて小・中学校教諭として勤務。その一方で、東洋大学国文学科(二部)で学び、1962年に卒業。同大学大学院に進み、1967年に博士課程を満期退学。
- 国文学研究者として
東洋大学短期大学助教授に就いた。その後教授昇格。1987年、学位論文『曽良本『おくのほそ道』の研究』を東洋大学に提出して文学博士の学位を取得[1]。1989年、第12代東洋大学短期大学学長に就任[2]。1992年、学長ならびに同大学を退任し、名誉教授となった。その後は放送大学客員教授をつとめた。
- 歌人・俳人として
国文学研究者としては近世俳諧を専門としたが、自身も俳句を高濱虚子・高野素十に師事し、俳号は「紅花」[3]。『ホトトギス』同人であった。俳誌『雪』主宰を経て、2006年『葛』を主宰した。俳諧研究、俳句の後継者に、谷地快一、池田俊朗、久保田敏子、真下良祐らがいる。歌人には江田浩司。
2009年に死去。
受賞・栄典
- 1985年:「芭蕉の手紙」で第4回俳人協会評論賞を受賞。
研究内容・業績
専門は近世俳諧とその歴史。旧ソ連圏で刊行された日本文学に関連する翻訳も手掛けた。