杜聿明
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日中戦争での活動
1937年、少将に任じられ、装甲兵団長となった。同兵団は上海防衛と南京防衛に参加した。1939年、第5軍が編成されるとその軍長となり、第一次長沙会戦と崑崙関の戦いで活躍した。1939年には雲南に進駐し、昆明警備総司令を務める。
1942年、日本軍がビルマに進攻すると(ビルマの戦い)、蔣介石は英米軍と協力して「援蔣ルート」を確保するために遠征軍(司令官:ジョセフ・スティルウェル中将)を派遣した。杜聿明はその副司令官として3月中旬から6月上旬にかけてのビルマにおける戦闘に従事した。結局この戦闘で中国軍は10万人の将兵の半数が死傷するという悲惨な敗北を喫するが、杜聿明の蔣介石に対する盲目的な服従が影響したと見なされている。しかし、杜聿明は蔣介石の熱心な支持者であったため、その失敗を罰せられることはなかった。1945年2月、中将に昇進。
