東ローマ・サーサーン戦争 (440年)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 東ローマ・サーサーン戦争 (440年) | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ローマ・ペルシア戦争中 | |||||||
東ローマ帝国とサーサーン朝の国境地帯(5世紀) | |||||||
| |||||||
| 衝突した勢力 | |||||||
| 東ローマ帝国 | サーサーン朝 | ||||||
| 指揮官 | |||||||
|
テオドシウス2世 アナトリウス | ヤズデギルド2世 | ||||||
東ローマ・サーサーン戦争 (440年)(ひがしローマ・サーサーンせんそう、英: Byzantine–Sasanian War of 440)は、東ローマ帝国とサーサーン朝の間で発生した短期間の紛争である。紛争が短期間で終わった理由は、東ローマ帝国の南方がヴァンダル族による侵略を受け、東ローマ帝国が侵略への対処を優先させる必要性から戦争の迅速な終結を求めたためである。サーサーン朝に対しては和平の見返りに財貨の支払いが行われた。