東ローマ・サーサーン戦争 (440年)

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場所近東
結果 平和条約を締結:サーサーン朝が東ローマ帝国からコーカサスを侵略から守るための補助金を得ることで合意
東ローマ・サーサーン戦争 (440年)
ローマ・ペルシア戦争英語版
East Roman - Sasanian frontier
東ローマ帝国とサーサーン朝の国境地帯(5世紀)
440年
場所近東
結果 平和条約を締結:サーサーン朝が東ローマ帝国からコーカサスを侵略から守るための補助金を得ることで合意
衝突した勢力
東ローマ帝国 サーサーン朝
指揮官
テオドシウス2世
アナトリウス英語版
ヤズデギルド2世

東ローマ・サーサーン戦争 (440年)(ひがしローマ・サーサーンせんそう、: Byzantine–Sasanian War of 440)は、東ローマ帝国サーサーン朝の間で発生した短期間の紛争である。紛争が短期間で終わった理由は、東ローマ帝国の南方がヴァンダル族による侵略を受け、東ローマ帝国が侵略への対処を優先させる必要性から戦争の迅速な終結を求めたためである。サーサーン朝に対しては和平の見返りに財貨の支払いが行われた。

出典

参考文献

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