東亜紙巧業
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒173-0003 東京都板橋区加賀1-19-1 |
| 設立 | 1944年3月31日 |
| 業種 | パルプ・紙 |
| 法人番号 | 8011301005002 |
| 事業内容 | 高級パッケージ及び包装資材類(化粧品 医薬品 フィルム製品 食品 電気製品 等のパッケージ類 一切)(パンフレット ラベル シール類 等) |
| 代表者 | 神谷次彦(代表取締役) |
| 資本金 | 1億円 |
| 決算期 | 5月末 |
| 外部リンク | http://www.toasiko.co.jp/ |
東亜紙巧業株式会社(とうあしこうぎょう)は、東京都板橋区に本社を置く包装資材製造メーカー。浮き上げ・押し込み・箔押しを一工程で行う技術を日本で初めて実用化した[1]。
1935年、神谷誠太郎により東亜紙業の名称で創業。1944年に株式会社組織となり、東亜紙巧業株式会社に社名が変更された。「巧」は事業が巧くいくことを願って追加されたものである[2]。
創業以来パッケージ印刷の専門企業として事業を行っており、戦後はポーラ化粧品、富士写真フイルムなど大手企業の製品パッケージを手がけている。1954年の高度成長期以降、工場の増設・新設を繰り返し拡大を続け[2]、1976年には手狭になった三鷹工場に代えて顧客の多い静岡県の富士宮に工場建設を開始した[3]。
また同じ年には贈答品向けにオリジナル包装紙の製造販売を行う関連会社のゾナルト アンド カンパニーが青山に店舗を開店[4]、包装のノウハウを有料提供するなどの施策で1986年には年商5億の事業となった[5]。
1994年8月には富士宮工場を東亜富士巧業株式会社として分社化し、効率化を図っている[2]。