東京富士大学
日本の私立大学
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沿革
- 1943年5月 東亜学院として高田勇道が創立
- 1944年
- 3月 各種学校設置認可
- 4月 大東亜学院へ校名変更
- 1945年10月 大東学院へ校名変更
- 1946年4月 大世学院へ校名変更
- 1947年12月
- 財団法人大世学院設置認可
- 高田勇道が初代理事長就任
- 1951年
- 2001年12月
- 法人名を学校法人東京富士大学に変更
- 東京富士大学経営学部ビジネス学科設置認可
- 2002年4月
- 東京富士大学設立、経営学部ビジネス学科設置
- 富士短期大学を東京富士大学短期大学部へ改組
- 2008年4月
- 大学院経営学研究科(修士課程)開設
- 経営学部ビジネス学科を経営学部経営学科へ名称変更
- 短期大学部経営学科を短期大学部ビジネス学科へ名称変更
- 経営学部にビジネス心理学科新設
- 2012年4月
- 東京富士大学経営学部経営学科昼夜開講制のうち夜間主コース廃止
- 2013年4月
- 経営学部にイベントプロデュース学科新設
- 経営学部ビジネス心理学科を経営学部経営心理学科へ名称変更
- 短期大学部募集停止
- 2017年4月
- 経営学科と経営心理学科を統合して「経営学科」設立
学部・学科
- 経営学部
- 経営学科
- 経営コース
- 経済・法コース
- 会計コース
- 経営心理コース
- マーケティングコース
- イベントプロデュース学科
- 経営学科
大学院
- 経営学研究科(修士課程)経営学専攻
建学の精神
- 大愛の涵養に努むること
- 正義の顕揚を図ること
- 文化の向上に資すること
サークル・部活動
- 女子卓球部 - 世界選手権大会日本代表に18名、シドニーオリンピック代表に選手を輩出、西村卓二監督。2024年3月活動停止。[1]
- 女子ソフトボール部 − 関東大学選手権大会で3年連続優勝[2]。
- ビジネス研究塾 − 企業と提携でゲームビジネス、観光ビジネス、スポーツビジネス、芸能ビジネスなど
不祥事
2016年5月、大学の女子ソフトボール部は練習合宿を行った[3]。監督の藤原徹[4]は関東大学選手権で同部を3連覇(2013年~2015年)に導き[2]、また、東京都大学ソフトボール連盟の会長をつとめるなど、日本女子ソフトボール界で実力が高く評価されていた。藤原は監督室に女性部員を呼び出し、膝の上に座らせ、約30分間抱きついた。胸や太ももを触り、「家には女房がいるけど、グラウンドにはいない。お前がその代わりをやれ」などと言い、「ふたりのことは、チームメイトの誰にもいうな。言ったらどうなるのか分かるよな」と口止めした[3]。その後、キスや抱擁行為を日常的に強要した[5]。同年7月、女性は病院で心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。大学側は同年9月に藤原を監督から解任したが、その1か月後に「総監督」として復帰させた。藤原からの謝罪はなかった[2]。
2017年12月、女性は藤原と大学に慰謝料など約1100万円の損害賠償を求める訴えを提起した[5][6]。女性は「このままもみ消されたら後輩たちにもセクハラをするかもしれない」と考え、訴訟に踏み切ったという[2]。
2020年8月28日、東京地裁はセクハラ行為を認定し、藤原と大学側に約79万円の支払いを命じた[7]。
2021年4月22日、東京高裁は控訴審で、慰謝料などの賠償額を一審判決の約79万円から約112万円に増額した[8]。
関係者
施設
その他
- 敷地は神田川を挟み下落合と高田馬場[9]に所在して建物により住所が異なるが、指定以外の郵便物はすべて下落合の住所に郵送される[10]。
- 学生食堂「ら とうふ」は、経営、内装デザイン、食器類やメニュー選定、調理[11]などの全てに学生が参画[12][13]する。
- 2014年から東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と連携協定を締結して「オリンピック学」と称した特別講座を開講する。
- テレビ番組「ザ!鉄腕!DASH!!」のコーナー「新宿DASH」[14]で、ベース基地として高田馬場校舎の屋上を提供する[15]。
- 岩手県の富士大学設立時に、理事長の二上仁三郎が同学校法人理事長を兼任する。現在は本学と関係を有さない。