東光寮 From Wikipedia, the free encyclopedia 東光寮(とうこうりょう)とは、東京都府中市にあった戦災孤児収容施設。 赤松女学校の錬成道場(林間学校)の一部として府中刑務所北側の栗林の中に開設された[1]。 開設当初は男子17名、女子3名、合計20名が入居した。いずれも1945年3月10日東京大空襲で罹災した本所区(現:墨田区)内の学童。 訓導1名を学寮長としてこれに寮母2名、作業婦2名を置き、学童と起居を共にした。学童は府中国民学校(現:府中市立府中第一小学校)に通学した。 1945年11月19日 - 東京市北多摩郡府中町に設立される。 1946年3月1日 - 全国巡幸中の昭和天皇が訪問した。 1948年8月 - 北多摩郡東久留米村の小山児童学園(旧:大円寺寮)に統合され、廃止となった[2]。 赤松女学校は1946年3月に私立東光高等女学校となり、新設中学校を経て1948年には府中市立赤松高等学校、1965年4月、東京都立府中高等学校となった。 脚注 ↑ 孤児が語る戦禍 府中 幻の「東光寮」で生活(東京新聞2013年8月8日 夕刊) ↑ 逸見勝亮「第二次世界大戦後の日本における浮浪児・戦争孤児の歴史」『日本の教育史学:教育史学紀要』第37巻、教育史学会、1994年10月、99-115頁、CRID 1050282813948915456、hdl:2115/6130、ISSN 0386-8982。 参考文献 府中にもあった戦災孤児収容施設「東光寮」でくらした山崎格さん(府中憲法の使い方講座発行) この項目は、社会科学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:社会科学)。表示編集 Related Articles