東出康博

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
出身地 和歌山県
生年月日 1950年4月6日
没年月日 (2012-03-04) 2012年3月4日(61歳没)
東出 康博
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 和歌山県
生年月日 1950年4月6日
没年月日 (2012-03-04) 2012年3月4日(61歳没)
身長
体重
178 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1968年 ドラフト8位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

東出 康博(ひがしで やすひろ、1950年4月6日[1] - 2012年3月4日)は、和歌山県出身のプロ野球選手

星林高では一塁手、四番打者として1968年春夏の甲子園に連続出場、いずれもチームとして初出場であった。春の選抜では1回戦で清水市商に延長12回サヨナラ負け[2]夏の選手権日大一高を降し3回戦に進むが、この大会に優勝した興国高丸山朗に完封を喫する[3]。高校同期に松井優典がいる。

1968年のドラフト会議南海ホークスに8位指名され入団(同じく3位指名で同級生の松井も南海へ入団した)。

一軍試合出場はならず1972年に引退。引退後は南海の球団職員を務めた[4]1995年からコミッショナー事務局入りし、企画部長などを歴任した[4]

2012年3月4日心筋梗塞のため死去[4][5]。61歳没。

詳細情報

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI