東山晃
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | ヒガシヤマ アキラ | |||||
| ラテン文字 | HIGASHIYAMA Akira | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1989年11月9日(35歳) | |||||
| 出身地 | 福井県 | |||||
| 身長 | 170cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2005-2007 | 福井商業高校 | |||||
| 2008-2012 | 北陸大学 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2012 |
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| 2013 |
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| 2016 |
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| 2017 |
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| 2018 |
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| 監督歴 | ||||||
| 2014-2015 |
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| 2018 |
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| 2020 |
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| 2021- |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
東山 晃(ひがしやま あきら、1989年11月9日 - )は、福井県出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはMF。
選手
福井商業高校サッカー部で3年時に第86回全国高等学校サッカー選手権大会に出場したが、1回戦で那覇高校に敗れた[1]。北陸大学を卒業後にタイ・ディビジョン1のサムットプラーカーン・ユナイテッドFCとウボンUMTユナイテッドFCでプレー。その後は移籍先が見つからず選手生活を一旦離れるが、2016年に伊藤壇が設立したチャレンジャス・アジアのサポートを受けてカンボジア・リーグのウェスタン・プノンペンFCと契約し、プロ選手として復帰した[2]。
2017年、モンゴル・ナショナルプレミアリーグのウランバートル・シティFCと契約[3]。
2018年、ニュージーランドのアマチュアクラブであるサウスランド・ユナイテッドに加入し、選手兼アカデミーコーチとしてプレーする傍ら語学学校の学生としての生活を送った[4]。
指導者
2014年から2015年まで、選手生活を一旦離れて母校の北陸大学のコーチおよび北陸大学フューチャーズ(当時北信越フットボールリーグ2部に参戦)の監督を務めた[2][3]。また、国民体育大会に臨む石川県成年男子サッカーチームのコーチも兼任。この頃にJFA公認B級コーチライセンスを取得する[4]。
2018年5月、ニュージーランドでプレーしていた時にオファーが届きモンゴル・ナショナルプレミアリーグのアンドゥード・シティFC監督に就任。当時28歳で「世界最年少日本人監督」となった[5][4]。冨澤拓海らが在籍するクラブをリーグ3位に導いた。
2019年は神戸清雄が監督を務めるタイ・リーグ2のノーンブワ・ピッチャヤFC のアシスタントコーチ(分析担当)に就任し、同年2月にAFC Aライセンスを取得[5]。
2020年、マレーシア・プレミアリーグに昇格したクチンFAの監督に就任。昇格1年目にクラブをリーグ4位に導いた。
2021年、マレーシア・プレミアリーグのクランタン・ユナイテッドFC監督に就任。
所属クラブ
- 2005年 - 2007年
福井県立福井商業高等学校サッカー部 - 2008年 - 2012年
北陸大学サッカー部 - 2012年
サムットプラーカーン・ユナイテッドFC - 2013年
ウボンUMTユナイテッドFC - 2016年
ウェスタン・プノンペンFC - 2017年
ウランバートル・シティFC - 2018年
サウスランド・ユナイテッド
指導歴
- 2014年 - 2015年
北陸大学フューチャーズ 監督 - 2014年 - 2015年
石川県成年男子サッカーチーム コーチ - 2018年
サウスランド・ユナイテッド アカデミーコーチ - 2018年
アンドゥード・シティFC 監督 - 2019年
ノーンブワ・ピッチャヤFC アシスタントコーチ(分析担当) - 2020年
クチンFA 監督 - 2021年 -
クランタン・ユナイテッドFC 監督
資格
- AFC Aライセンス