東明館 (勧工場) From Wikipedia, the free encyclopedia 東明館(とうめいかん)は、東京市神田区裏神保町一番地(現在の東京都千代田区神田神保町1丁目)にあった勧工場である。1892年(明治25年)7月5日に開館[1]。 東明館は1892年(明治25年)7月5日に開業。東京市神田区裏神保町一番地。元幕府儒者古賀謹一郎の屋敷跡、現在のすずらん通りに建てられた。(旧小川町警察署向かい角)。1892年(明治25年)5月から建築が始まり、同年7月5日に開業した。 「明治二十五年四月。當時惟一の勧業場たりし洽集館の焼失せしより。衆庶の利便を失はむことを恐れ。同年東京府の認可を得て建築に従事し。七月五日警視廳の許可を経て開業せり」とあるように建物は洽集館、後の南明館を意識して建てられた[1]。 特徴 東明館は総煉瓦造りで高い塔を持つ洋風建築である[2]。内部装飾に力を注ぎ、館内の光線射通や空気の流通を工夫することで、夏は涼しく冬は暖かい快適な環境を実現していた[3]。建物の広さは360坪であり[4]、通路の両側には壁一面が陳列棚として利用され、片側には幅4~5尺の陳列台が続いていた。店番は座って接客を行い、店番同士の間には木戸付きの細い路が設けられていた[5]。また、入り口と出口が分かれ、館内の通路を一巡しなければ外に出られない構造となっていた。通路の両側には日用品、文具、玩具、衣料品などを販売する売店が並んでいた(資料8)。1903年(明治36年)当時、陳列店数は55店に達し、年間売上高は63,704円、経費高は12,586円に上っていた[6]。和洋小間物類、呉服寝具類、洋品類、陶器、家具、金物、文具、玩具、靴、袋物、時計、書類、傘履物、眼鏡、ランプ、宝石など、多種多様な商品を扱う店舗が出店していた[1]。 脚注 1 2 3 『東京名所図会』睦書房、1968年11月25日、27頁。 ↑ 『新編千代田区史』東京都千代田区、1998年、858頁。 ↑ 『東京都 編纂『東京市史稿』市街篇 第83』東京都、1992年、897頁。 ↑ 『明治のショッピングセンター 勧工場』田中経営研究所、2009年7月5日、133頁。 ↑ 『永井龍男全集第一巻』講談社、1981年4月17日、126-127頁。 ↑ 『東京市統計年表』東京市役所編、1903年、591頁。 関連項目 南明館 - 同じ神保町地域にあった勧工場 Related Articles