東漸寺 (横浜市鶴見区)
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| 東漸寺 | |
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本堂と弘法大師像(2025年) | |
| 所在地 | 神奈川県横浜市鶴見区潮田町3-144-2 |
| 位置 | 北緯35度30分9秒 東経139度41分28秒 / 北緯35.50250度 東経139.69111度座標: 北緯35度30分9秒 東経139度41分28秒 / 北緯35.50250度 東経139.69111度 |
| 山号 | 金胎山 |
| 院号 | 東住院 |
| 宗派 | 真言宗智山派 |
| 本尊 | 金剛界大日如来 |
| 創建年 | 寛治元年(1087年) |
| 開基 | 勝覚 |
| 正式名 | 金胎山 東住院 東漸寺 |
| 札所等 |
玉川八十八ヶ所霊場第7番 新四国東國霊場第11番 東海三十三観音霊場第30番 |
| 公式サイト | 真言宗智山派 東漸寺 |
| 法人番号 | 4020005000345 |
東漸寺(とうぜんじ)は、神奈川県横浜市鶴見区にある真言宗智山派の寺院。山号は金胎山、院号は東住院[1]。本尊は金剛界大日如来[1]。不動堂には潮田不動として不動明王が祀られている[2]。
平安時代の1087年(寛治元年)に醍醐三宝院の勝覚により開基されたと伝えられる[3][2]。その後、火災などで堂宇・什宝・古文書等を焼失したため沿革に不詳な点があるが、江戸後期編纂の『新編武蔵風土記』や地誌、寺伝では、村の中央にあり新義真言宗に属し、古くは「薬王山東寿院」と号した旨が記される[3]。江戸時代、本堂は八間に五間の南向きにあり、本尊は江戸初期の作である大日如来の坐像を安置していたという記録が残る[3][2]。
寛保年間に宥長が中興し、明治初年まで鎮守杉山社(現潮田神社)の別当を兼帯した[1]。
横浜市史稿には、本堂は六間五間・亜鉛葺・四柱造で、1923年(大正12年)の関東大震災により倒壊とある[2]。その後1926年(大正15年)に森岡惠寶が本堂を再建するも戦災で焼失、1954年(昭和29年)に森岡隆宥が再建、現在の本堂は1996(平成8年)に森岡隆冲が建立した[2]。
境内
本堂には本尊の金剛界大日如来を安置し、札所本尊の薬師瑠璃光如来・日光菩薩・月光菩薩・十二神将・阿弥陀如来などを祀る[4]。不動堂には潮田不動(不動明王)と八大童子を祀る[4]。境内には六地蔵や庚申塔などの石造物が見られ、庚申塔は安永7年(1778年)造立のものがある[4][5]。
- 東漸寺本堂(2020年)
- 山門越しに見る本堂(2025年)
- 本堂から見た境内と山門
- 東漸寺の山門と本堂
- 「故大川常吉氏之碑」碑文の近接
大川常吉顕彰碑

関東大震災の際に鶴見警察署長として朝鮮人らの保護に尽力した大川常吉を顕彰する石碑(「故大川常吉氏之碑」)が境内に建立されている[6][7][8]。関東大震災時、朝鮮人に関する流言が広がり、朝鮮人らを殺害する事件が発生した[9][10]。鶴見では、大川が署内に収容して保護し、約300 - 400人の朝鮮人・中国人の命を救った[11][12][13]。1953年3月、朝鮮人有志により、顕彰碑が大川家の菩提寺である東漸寺に建立された[14][15]。現在も参拝や見学があり[14]、地域の学校の生徒が学習の一環として訪れることがある[9][16]。顕彰碑は、鶴見区政90周年の観光パンフレットにも掲載されている[17]。