東福寺 (草加市)
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位置
北緯35度50分01.0秒 東経139度48分17.9秒 / 北緯35.833611度 東経139.804972度座標: 北緯35度50分01.0秒 東経139度48分17.9秒 / 北緯35.833611度 東経139.804972度
山号
松寿山[1]
院号
不動院[1]
| 東福寺 | |
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| 所在地 | 埼玉県草加市神明1-3-43 |
| 位置 | 北緯35度50分01.0秒 東経139度48分17.9秒 / 北緯35.833611度 東経139.804972度座標: 北緯35度50分01.0秒 東経139度48分17.9秒 / 北緯35.833611度 東経139.804972度 |
| 山号 | 松寿山[1] |
| 院号 | 不動院[1] |
| 宗派 | 真言宗智山派 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 慶長11年(1606年) |
| 開山 | 賢宥法印 |
| 開基 | 大川図書 |
| 文化財 | 東福寺鐘楼、十三仏板碑、東福寺本堂内外陣境彫刻欄間、東福寺山門(以上、草加市指定有形文化財) |
| 法人番号 | 2030005005618 |
1606年(慶長11年)に大川図書が創建、僧・賢宥が開山したという[1]。図書は当時湿地帯だった当地に茅などを刈って束にし、それを湿地に埋めることで道を作った。江戸幕府第2代将軍徳川秀忠は鷹狩で立ち寄り、この道は草のおかげであるから、この地域を「草加」と命名した。これが「草加」という地名の由来となったという。その後、図書は草加宿の建設に着手、草加宿の住人の菩提寺として創建したのが当寺の起源である[2]。
大川図書は草加宿建設の功により、苗字帯刀が許され、子々孫々草加宿の要職に就く権利が与えられた。墓地には、図書を始めとする大川一族の墓がある。他にも落語家の石井宗叔の墓もある[2]。
本堂は1824年(文政7年)に再建された建物で、1899年(明治32年)に藁葺を瓦葺とし、1993年(平成5年)年に大規模な改修が行われた[1]。