東礼文駅 日本の領有下の樺太元泊郡知取町にあった鉄道省の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia かつて東礼文駅(ひがしれぶんえき)と呼ばれていたグレベンスカヤ駅(ロシア語: Станция Гребенская)は、日本統治時代には樺太元泊郡知取町に存在し、現在のロシア占領下ではサハリン州グレベンスコエ(ロシア語版)にあるロシア鉄道コルサコフ-ノグリキ線の駅である。 歴史 1927年(昭和2年)11月20日 - 樺太鉄道落合駅 - 知取駅間(170.5km)開業により設置。 1941年(昭和16年)4月1日 - 樺太鉄道の国有化により、樺太庁鉄道東海岸線の駅となる。 1943年(昭和18年)4月1日 - 南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。 1945年(昭和20年)8月 - ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に略奪される。 1946年(昭和21年) 2月1日 - 日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。 4月1日 - ソ連国鉄に編入。ロシア語駅名は「グレベンスカヤ」。 日本統治時代の駅名の由来 当駅の所在する地名からであり、礼文という地名はアイヌ語の「レプ・ウン・ケ・ナイ」(沖へ流し出される川)による[1]。 運行状況 2012年12月現在、旅客列車も貨物列車も当駅に停車しない。 日本統治時代 (1944年当時[2]) 1945年現在、上りは敷香駅発元泊駅行き2本と白浦駅行きと落合駅行き各1本であった。下りは敷香駅行きが3本と上敷香駅行き1本であった。 大泊港駅発着の夜行列車は通過していた。 隣の駅 ロシア鉄道 コルサコフ-ノグリキ線 クリュコヴォ駅 - グレベンスカヤ駅 - ポレーチエ駅 日本統治時代 鉄道省樺太鉄道局 樺太東線 幌内保駅 - 東礼文駅 - 遠古丹駅 脚注 [脚注の使い方][1]南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)p.419 [2]南樺太:概要・地名解・史実 p.60 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks