東端町
愛知県安城市の地名
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地理
歴史
町名の由来
長田川を挟み、東側を東端、西側を西端と称していたことによる[2]。
人口の変遷
国勢調査による人口および世帯数の推移。
| 1995年(平成7年)[WEB 7] | 832世帯 3224人 | |
| 2000年(平成12年)[WEB 8] | 871世帯 3158人 | |
| 2005年(平成17年)[WEB 9] | 939世帯 3290人 | |
| 2010年(平成22年)[WEB 10] | 998世帯 3351人 | |
| 2015年(平成27年)[WEB 11] | 1047世帯 3484人 | |
| 2020年(令和2年)[WEB 2] | 1102世帯 3440人 |
沿革
- 1889年(明治22年) - 市制町村制施行による碧海郡東端村が成立[2]。
- 1906年(明治39年) - 明治村大字東端となる[2]。
- 1955年(昭和30年) - 安城市大字東端となる[2]。
- 1956年(昭和31年) - 安城市東端町が成立[2]。
- 1958年(昭和33年) - 分離独立による碧南市編入を求める住民と安城市残留の現状維持派の抗争が激化し、この年再度住民投票が実施される[2]。投票の結果、碧南市編入賛成票が現状維持票を上回ったものの、3分の2を超えず、現状維持となった[2]。
- 1960年(昭和35年) - 碧南市編入派が名古屋高等裁判所に提訴[2]。この後、安城市の仲介により和解に至った[2]。
- 1974年(昭和49年) - 安城市東端町の一部が碧南市に編入され、同市東端町が成立[2]。
- 1975年(昭和50年) - 碧南市東端町が同市白沢町に改称[2]。