東輿図志
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編纂
金正浩は『東輿図志』巻2「東輿図志書」で編纂した目的を「国を治める」のに役立てたいということを明らかにした。また、そこで、『東国輿地勝覧』が編纂されて3百余年になり、その記録が古くなって『東国輿地勝覧』の例に従って記録したことを明らかにしている。また、様々な所蔵本を研究した結果、平安道編は金正浩が作成していなかったと考えられている。
『東輿図志』の総目は各道別に分けられ、編目は各道の最初に道勢を一目でわかるように各道の沿革を始めとした42条の項目を収録している。各州県の編目も各道の道勢の編目と同じように沿革を始めとした30余条の項目になっている。州県の編目は『青邱図』の凡例38個の項目とほとんど同じである。また、各編目の項目は『東輿図志』を編纂する当時に最も新しい資料に立脚・引用し、『東国輿地勝覧』の体系に似せている。これは『東国輿地勝覧』が『東輿図志』の根拠資料であることを証明する証拠になり、この2冊の編目もよく似ている。
金正浩は、地誌は地図の根源であり、地図に表せないものを記録し、州県の成り行きによっているものとそうでないものを表記するも、それが提示する38個の項目によって間違いの内容に地図と並行しなければならない、と述べた。