東龍寺 (常滑市)
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位置
北緯34度56分01.7秒 東経136度49分26.9秒 / 北緯34.933806度 東経136.824139度座標: 北緯34度56分01.7秒 東経136度49分26.9秒 / 北緯34.933806度 東経136.824139度
山号
巌松山
院号
来迎院
| 東龍寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 愛知県常滑市大野町8丁目68 |
| 位置 | 北緯34度56分01.7秒 東経136度49分26.9秒 / 北緯34.933806度 東経136.824139度座標: 北緯34度56分01.7秒 東経136度49分26.9秒 / 北緯34.933806度 東経136.824139度 |
| 山号 | 巌松山 |
| 院号 | 来迎院 |
| 宗旨 | 浄土宗 |
| 宗派 | 西山深草派 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 864年(貞観6年) |
| 開山 | 圓仁和尚慈覚大師 |
| 札所等 |
四国直伝73番 法然知多16番 |
| 法人番号 | 9180005012411 |
東龍寺(とうりゅうじ)は、愛知県常滑市大野町8丁目68にある浄土宗西山深草派の寺院。山号は巌松山[1][2]。本尊は阿弥陀如来[1][2]。貞観6年(864年)創建[1]。四国直伝弘法八十八ヶ所霊場第73番札所[1]。法然上人知多二十五霊場第16番札所[3]。
創建
貞観6年(864年)、天台宗の圓仁和尚慈覚大師が草庵を建てたのが始まり[1]。
中世・近世
永享年間(1429年~1440年)に天台宗から浄土宗に改宗した[1][2]。明応4年(1495年)には比叡山から現在の本尊である阿弥陀如来を迎えた[1][2]。
東龍寺の住職は徳川家康と縁があったことから、桶狭間の戦いや本能寺の変の際には岡崎城に戻る途中の家康をかくまっている[1]。
享保15年(1730年)の大野大火の際には類焼を免れたことで、中門・大門・本堂は大野大火よりも古く、知多半島では野間大坊に次ぐ古い建築様式を保っている[1][2]。
近代・現代
1925年(大正14年)には四国直伝弘法八十八ヶ所霊場(直伝弘法さん)が開設され、東龍寺は第73番札所に選ばれた。知多半島のもう一つの弘法信仰である知多四国霊場とは異なる。
2011年(平成23年)には法然上人知多二十五霊場が開創され、東龍寺は第16番札所となった[4][5]。
