松下保綱 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代後期生誕 不明死没 不明改名 邦綱→保綱 凡例松下保綱時代 江戸時代後期生誕 不明死没 不明改名 邦綱→保綱別名 藤次郎、左大夫、孫右衛門官位 従五位下・信濃守幕府 江戸幕府主君 徳川家治、徳川家斉氏族 松下氏父母 石河政武養父:松下延綱妻 松下延綱養女(松下状綱女)子 寿綱、与十郎、斧次郎、喜三郎、女、女テンプレートを表示 松下 保綱(まつした やすつな、生没年不明)は江戸時代後期の武士。 安永2年(1773年)12月27日には松下氏の家督を継ぎ、同13年3月22日に徳川家治に仕えた。同年12月29日には御書院の番士に列し、寛政5年(1793年)7月10日には御徒の頭に転じ、同年12月16日には布衣の着用を許された。同6年6月29日には駿府の町奉行、同9年11月26日には京都の町奉行を務め、同年12月1日には従五位下・信濃守に叙任された[1]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 出典 ↑ 『寛政重修諸家譜』 Related Articles