松丸東魚

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松丸 東魚(まつまる とうぎょ、男性、明治34年(1901年9月8日[1]昭和50年(1975年6月9日[1])は、日本の篆刻家

名は長三郎。東京市[1]日本橋の魚問屋に生まれ、1917年、中央商業学校(現在の中央学院大学)を卒業[1]。25歳で篆刻をはじめた。最初、新間静邨などに学ぶ。後に秦漢古銅印の研究に尽力。鄧石如趙之謙呉昌碩に私淑し独学でこれを学んだ。

知丈印社を主催し後進の育成に尽力し、また白紅社を設立し、書跡や印譜の出版も手掛けた。門弟に關正人や初の女流篆刻家河野晶苑などが育っている。

日展評議員、毎日書道展諮問委員を歴任。東方書道会特別賞を受賞している。収集した印譜などは古河市にある篆刻美術館に収蔵されている。

1975年6月9日、クモ膜下出血のため、東京都中央区の京橋病院で死去した。74歳没[1]

  • 『松丸東魚作品集』谷川商事刊行、1978年

脚注

出典

関連項目

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