松乃家扇鶴 From Wikipedia, the free encyclopedia 本名平野(ひらの) 英治(えいじ)生年月日1943年2月22日没年月日 (2024-06-20) 2024年6月20日(81歳没)出身地 日本・東京都 松乃家(まつのや) 扇鶴(せんつる) 本名 平野(ひらの) 英治(えいじ) 生年月日 1943年2月22日 没年月日 (2024-06-20) 2024年6月20日(81歳没) 出身地 日本・東京都 死没地 日本・埼玉県 師匠 田辺一鶴千家松人形 名跡 1. 田辺五右衛門(? - 1970年)2. 扇鶴(1970年 - 2002年)3. 松乃家扇鶴(2002年 - ) 出囃子 佃 活動期間 1970年 - 2020年 活動内容 三味線漫談 所属 落語芸術協会 表示 松乃家 扇鶴(まつのや せんつる、1943年2月22日 - 2024年6月20日)は、落語芸術協会所属の三味線漫談家。本名:平野 英治。 都々逸などする俗曲師の中でも、独特の弛い雰囲気と、美声でコアなファンを持つ。テレビ・ラジオの演芸番組には滅多に出演しなかった。 寄席に古くから伝わる古典の音曲も得意とされるとともに、大相撲の歴代の横綱の言い立てや、犬が都々逸を唄うなどオリジナルも多く、新内流しで時間調整をするようなそぶりをしつつしっとりと間合いを紡ぐなど、次の演者につなぐその技量は多く求められ、桂歌丸など真打のひざ替わり(主任の一つ前の出番)を多く務めた[1]。 略歴 元々田辺一鶴門下の講談師で、田辺五右衛門を名乗っていた。 長唄・端唄の名取りでもあったことから、1970年に千家松人形・お鯉の人形に入門 1992年 落語芸術協会の高座に色物として客演し始める 1995年 落語芸術協会加盟 2002年 亭号を『松乃家』と冠する(それ以前は亭号無しの『音曲・扇鶴』) 2020年1月、浅草演芸ホールでの正月二之席出演を最後に長期療養に入っていた[1]。 2024年6月20日午後1時29分、パーキンソン病のため、埼玉県内の病院で死去した[1][2][3]。81歳没。 出典 1 2 3 【訃報】松乃家扇鶴 - 落語芸術協会 2024年6月20日 ↑ 【訃報】松乃家扇鶴 - 落語芸術協会 2024年6月20日 ↑ “三味線漫談家の松乃家扇鶴さん81歳で死去 パーキンソン病、20年の寄席以降長期療養中だった - おくやみ : 日刊スポーツ”. 日刊スポーツ (2024年6月20日). 2024年6月20日閲覧。 関連項目 二代目柳家三亀松 柳月三郎 太田家元九郎 柳家紫文 暁照雄 瀧の家鯉香 外部リンク 松乃家扇鶴 - 落語芸術協会 寄席・スポニチ亭 (Web Archive) この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。表示編集 Related Articles