明治40年(1907年)に機屋として創業[1]。第二次世界大戦後、桐生市はマフラー輸出により復興を果たしたが、その時期に編み機を導入して1950年(昭和25年)にニット業に転換した[1]。1975年(昭和50年)6月に会社組織となった。
デザイナーズブランドのOEM生産で実績を積み、「マルチカラーマフラー」は松井ニット技研の代名詞となり、ニューヨーク近代美術館のミュージアムショップで人気商品となった[2]。2005年(平成17年)に自社ブランドを立ち上げた[2]。
独特な色彩感覚で知られるイタリアブランドになぞらえ、「日本のミッソーニ」とも呼ばれた[3]。
しかし、役員や従業員の高齢化で事業継続が困難と判断し、2024年(令和6年)2月末で廃業することを決定した[4]。