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松井潤子

日本の俳優 (1906-1989) From Wikipedia, the free encyclopedia

松井 潤子(まつい じゅんこ、1906年(明治39年)12月7日 - 1989年(平成元年)8月1日[1])は、日本の女優。本名、水原 潤子(みずはら じゅんこ、旧姓:蔵数)。初期の芸名は「松井 きよみ」、「松井 清美」[2]。

本名 水原 潤子 みずはら じゅんこ
旧姓:蔵数
別名義 松井 きよみ
松井 清美
生年月日 (1906-12-07) 1906年12月7日
没年月日 (1989-08-01) 1989年8月1日(82歳没)
概要 まつい じゅんこ 松井 潤子, 本名 ...
まつい じゅんこ
松井 潤子
松井 潤子
1929年
本名 水原 潤子 みずはら じゅんこ
旧姓:蔵数
別名義 松井 きよみ
松井 清美
生年月日 (1906-12-07) 1906年12月7日
没年月日 (1989-08-01) 1989年8月1日(82歳没)
出生地 日本の旗 日本 東京市浅草区諏訪町(現:台東区駒形)
職業 女優
ジャンル 映画
活動期間 1925年 - 1940年
配偶者 水原茂
著名な家族 松井千枝子(姉)
松井満(弟)
主な作品
『学生ロマンス 若き日』
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姉は女優の松井千枝子。夫はプロ野球選手、監督の水原茂。

来歴・人物

1906年(明治39年)、東京市浅草区諏訪町(現、台東区駒形)に生まれる。

1924年(大正13年)、第一高等女学校卒業を前にして、病気の姉の代役で舞台協会の『その妹』に出演[2]。卒業後「松井きよみ」として芸術座の舞台に立った後、国際活映に「松井清美」の芸名で入社するが間もなく解散したため姉の千枝子と共に松竹蒲田撮影所に入社[2]、芸名を「松井潤子」に変更した。松竹での初出演作は『大地は微笑む』[2]。

1926年(大正15年)、4社競作の『悲恋心中ヶ丘』のヒロインに抜擢される[2]。1927年(昭和2年)7月に準幹部女優に昇進[2]。この年、千枝子が脚本、主演した『哀愁の湖』に、千枝子演じる星野小春の同級生役で共演している[3]。役柄は現代劇のモダンガールが多かった。

1929年(昭和4年)、姉の千枝子が29歳の若さで他界した。その後1931年(昭和6年)から脇役に回る[4]。

1934年(昭和9年)3月17日に賭け麻雀を行ったとして飯田蝶子らと共に検挙されている[5][リンク切れ][出典無効]。

1935年(昭和10年)[4]慶応大学野球部のスター選手だった水原茂と結婚。1940年に引退、家庭に入った。その後は水原を陰から支えた。

水原が1982年(昭和57年)に没してから7年後の1989年(平成元年)8月1日に心不全のため[1]亡くなった。82歳没。

出演

『学生ロマンス 若き日』(1929年)。
左から結城一朗、松井潤子、飯田蝶子。
『情炎の都市』 (1934年)。
左から松井潤子、逢初夢子、川崎弘子、大日方伝、斎藤達雄。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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