大蔵官僚・松尾臣善の二男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1916年(大正5年)5月1日、男爵を襲爵した[1][3][4]。
1897年(明治30年)第一高等学校医学部薬学科を卒業し、さらに東京帝国大学薬学選科を修了した[2]。1900年(明治33年)伝染病研究所助手に就任[2]。その後、同技手、同嘱託、大東塗料監査役などを務めた[2][3]。その他、陸軍二等薬剤官に任じられた[2]。
1929年(昭和4年)1月23日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[5][6]、公正会に所属して活動し1939年(昭和14年)7月9日まで2期在任した[2]。