松山緑 From Wikipedia, the free encyclopedia 松山 緑(まつやま みどり、1906年2月10日 - 2005年3月23日)は、日本の経営者。藤田観光社長を務めた。 長崎県出身[1]。1930年に神戸高等商業学校を卒業し、同年に安田信託に入社[1]。 1943年に藤田興業に転じ、1957年8月に同和鉱業取締役に就任し、1959年5月に常務を経て、1963年2月に藤田観光副社長に就任し、1977年3月には社長に昇格[1]。 1981年3月に会長、1985年3月に取締役相談役を経て、1991年3月に相談役に就任し、1997年3月には名誉社友に退いた[1]。 2005年3月23日老衰のために死去[2]。99歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 人事興信所 2003, ま14頁. ↑ 2005年 3月25日 日本経済新聞 朝刊 p43 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第42版 下』人事興信所、2003年。 先代小川栄一 藤田観光社長1977年 - 1981年 次代大久保忠正 Related Articles