松岡清治 (野球)
日本のプロ野球選手 (1954-)
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来歴・人物
修徳高等学校では投手として活躍。1970年秋季東京大会で準々決勝に進むが、日大三高の渡部良克(日大-名古屋日産)に完封負けを喫する。
1971年のドラフト7位でヤクルトスワローズ入団。ルーキー時の1972年にはジュニアオールスターにも出場、同年のイースタンリーグでは最多勝(12勝6敗)をはじめ4つのタイトルを獲得した。一軍でも5試合に登板し、翌年の新人王の最有力候補といわれたが、その後はほとんど出場機会に恵まれなかった。
1976年、ロッテオリオンズに伊達泰司との交換トレードで移籍。同年6月27日にはプロ初先発、近鉄の井本隆と投げ合い7回1/3を1失点と好投するが、打線の援護がなく敗戦投手となる。10月4日には同じ近鉄を相手に2回目の先発、しかし3回を2失点と打ち込まれ降板した。1976年は16試合に登板するが、翌1977年は出番がなく同年限りで引退。
181センチの恵まれた体格を活かし真っ向から投げ下ろす本格派で、角度のある速球に威力があった。変化球はカーブ、フォーク、シュート、スライダーを武器とした。
詳細情報
年度別投手成績
記録
背番号
- 46 (1972年 - 1975年)
- 26 (1976年 - 1977年)
登録名
- 松岡 清治 (まつおか きよはる、1972年 - 1976年)
- 松岡 諭吾 (まつおか ゆうご、 1977年)