松島進
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東京の牛込生まれ。1930年、東京高等工芸学校(後の千葉大学工学部画像工学科、現総合工学科デザインコース情報コミュニケーション教育研究領域)に入学し[1]、写真を学ぶ。そこでは、大束元がフェロー学生であった。1933年に卒業後、時事新報社に入社したが、間もなく退社して日活に移り[1]、多摩川撮影所でスチルカメラマンを務める[1]。女性写真の第一人者として活躍した[1]。写真家として雑誌「写真タイムズ」や写真雑誌などに投稿していた。
1948年、「写真家集団」を松木不二夫、尾崎三吉らと創立し[1]、精力的に活動を続けた。主宰する研究会で田中光常を指導した[2]。1950年、日本写真家協会結成に携わり、初の名誉会員になる[1]。このほか、日本写真作家協会の名誉会員や、東京写真専門学院(現:専門学校東京ビジュアルアーツ)で名誉校長の職に就いた。
2009年、週刊平凡パンチで「松島進 追悼グラビア」が打たれた。
個展
- 第1回松島進女性写真展松島進第1回松島進女性写真展 (1952年) [3]
- 松島進松島進女性写真教室(1969年)
