松平利長
戦国時代の武将。松平長親の五男。藤井松平家初代。三河国碧海藤井
From Wikipedia, the free encyclopedia
略歴
松平長親は、勢力を拡大して安定をはかるため、一族を福釜、桜井、藤井などに配置した。利長は藤井の地を与えられ、南の西条、東条吉良家に備えた。
天文9年(1540年)、三河安祥城が織田信秀軍に攻撃された。城主・松平長家は劣勢となり、松平広忠の命により、松平(源次郎)信康、松井忠次、松平(甚六郎)康忠とともに援兵として城を守る。城主・長家をはじめ、信康、康忠が戦死する中、忠次とともによく防戦して、織田軍を撃退することに成功した(安城合戦)。
永禄3年(1560年)5月、尾張丸根城攻めで戦死した(但し書状等で永禄3年以降の生存が確認されており、戦死が誤りと言う説もある)。
享年不詳。墓所は愛知県蒲郡市西浦町の法林山光忠寺。法名は「龍徳院殿奇春樹祥大居士」。
参考文献
- 『寛政重修諸家譜 第一輯』巻第七(国民図書、1922年)
- 『家康と松平一族』 安城市歴史博物館編集(2021年発行) P.58~59藤井家
