松平定吉供養のために築かれた遠江塚(静岡県掛川市下俣)[1]
江戸時代に描かれた遠江塚の全景(「遠江塚」藤長庚編集『遠江古蹟圖會』1803年。国立国会図書館蔵)
真如寺の廟所
松平定勝の長男として誕生した。母は奥平信昌の養女(奥平貞友の次女)・たつ。
慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いで伯父・家康に従う。翌慶長6年(1601年)、従五位下・遠江守に叙任。慶長8年(1603年)、家康の面前で鷺を射落としたが、家康に「無駄な殺生」だと叱責され、それを恥じて掛川にて自害した。享年19。自照院殿と贈られ、掛川真如寺に葬られた。代わって、弟の定行が嫡子となった。