松平正次の長男として生まれる。寛永2年(1625年)6月7日に小姓組番士となり、廩米300俵を賜る。寛永10年(1633年)2月7日に200石を加増され、常陸国鹿島郡において500石を知行する。寛永19年(1642年)11月1日、徳川家綱附属の家臣となり、寛永20年(1643年)1月10日に布衣の着用を許される。正保4年(1647年)12月5日、武蔵国埼玉郡で300石を加増される。慶安3年(1650年)9月8日に傅役となり、9月9日より馬方を支配する。慶安4年(1651年)8月16日、従五位下大隅守に叙任される。同年11月21日に下総国匝瑳郡で500石、万治3年(1660年)12月1日に常陸国茨城郡で700石を加増され、計2000石を領する。寛文3年(1663年)8月16日、55歳で死去。