松本勇治
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上菅田中学から東海大相模高校へ進むと、1年の時に全国高校選手権の団体戦で3位になった[1]。2年の時には決勝で世田谷学園高校に敗れて2位だった。3年の時には金鷲旗で優勝すると、インターハイでは個人戦の軽重量級と団体戦でも優勝して2冠を達成した[3]。
1991年には東海大学へ進学すると、2年の時には全日本ジュニアの86kg級で優勝を飾った[1]。4年の時には講道館杯の決勝で、大学の2年先輩となる世界チャンピオンの中村佳央に敗れるも2位となった[1]。優勝大会では3位だった[4]。
1995年には神奈川県警の所属となった[1]。1998年から2001年まで全国警察柔道選手権大会の90kg級で4年連続の優勝を飾った[5]。2003年にも5度目の優勝を果たした。2004年の体重別では31歳にして初めて決勝まで進むも、了徳寺学園職員の飛塚雅俊に敗れて2位だった[1]。2006年には33歳にして全日本選手権に出場するなど、37歳まで現役を続けた[2]。
引退後の2012年には全日本男子ジュニア代表チームのコーチとなった[2]。2013年には女子柔道強化選手への暴力問題を受けて、新たに全日本女子代表チームのコーチに就任した。57kg級と70kg級の担当になり、2016年のリオデジャネイロオリンピック70kg級で金メダルを獲得した田知本遥や、57kg級で銅メダルを獲得した松本薫などの指導にあたった[2]。リオデジャネイロオリンピック後に代表コーチを退任した[6]。なお、朝飛道場でもコーチを担当している[7]。