松澤寛政
日本のアメリカンフットボール選手
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経歴
幼少期からサッカーをプレーし、千葉県立幕張総合高等学校ではフォワードとして活躍したが、3年時は千葉県大会ベスト8で敗退[1]。大学受験に2度失敗し、何をするでもなく無為に過ごしていたが、父親の勧めでアメリカ合衆国へ渡り、NFLの試合を現地観戦したことがきっかけで、NFL選手を志すようになった[1]。
NFLを目指す上でサッカーの経験を活かせるプレースキッカーが最善のポジションだと気付き、YouTubeでボールの蹴り方を独学で学んだ。その傍ら東京のステーキハウスで3年間アルバイトとして働き、渡米する費用を貯めた[2]。アメリカの多くの大学に自身のキックの動画を送り、唯一オファーがあったホッキング・カレッジへ進学した[3]。
2023年シーズンよりハワイ大学へ転校。このシーズンは試合に出場しなかった。
2024年シーズンは全試合に出場し、来季から居住費などが賄われる奨学金の受給が決まった[4]。
2025年シーズンは開幕から25本連続でフィールドゴールを成功させ、FBSタイ記録を樹立[5]。最終的に全米トップとなるフィールドゴール成功率96.2%を記録し、オールアメリカンチームに選出された[5]。
2026年のNFLドラフトで日本人史上初のドラフト指名が期待されたが、指名するチームは現れなかった。ドラフト終了後、ラスベガス・レイダースとドラフト外選手として契約したことが発表された[6]。