広島市、現在の中区で生まれる。父はマツダモータース(現:広島マツダ)の創業者である松田宗弥。祖父は東洋工業(現:マツダ)創業者の松田重次郎。戦時中は広島県双三郡君田村(現:三次市)に疎開していたため原爆の難を逃れたが、父宗弥と全従業員は犠牲となった。父と自宅を失ったため各地を転々とし、小学校を5回転校している。修道高等学校(1955年卒業)を経て[2]、立教大学経済学部卒業。1959年愛知マツダ(現:東海マツダ販売)に入社。1961年広島マツダ取締役、1962年松田耕平の後任として4代目広島マツダ社長に就任。2002年社長を退き会長に就任[3]。