1898年(明治31年)、東京帝国大学法科大学を卒業後日本郵船に入り、ロンドン支店勤務、本社詰などを務める。その後、鈴木商店顧問として台湾詰となり、さらに台湾総督府の専売局、土木局などの嘱託として勤務した。
1913年(大正2年)11月10日、父の死去に伴い子爵を襲爵[1]。
1917年(大正6年)7月7日、貴族院議員補欠選挙で貴族院子爵議員に選出され[2]、研究会に所属し1928年7月29日の死去まで在任[3]。
また大正年間には福島競馬倶楽部の顧問も務め[4]、臨時法制審議会臨時委員などを務めた。