林家 (儒学者) 日本の儒学者の家系 From Wikipedia, the free encyclopedia 林家(りんけ)は、林羅山を祖とする日本の儒学者・朱子学者の家系である。 歴代 江戸幕府の儒家として代々任じられた林家と、第二林家の2家があり、いずれも林羅山を始祖としている。なお、林家において大学頭を称したのは3代鳳岡からであり、鳳岡までは僧形であった。 林家(大学頭家) 概要 林家 (宗家:1906年(明治39年)絶家), 本姓 ...林家(宗家:1906年(明治39年)絶家) 五瓜に剣香い桔梗(ごか に けんにおい ききょう)本姓 藤原北家利仁流家祖 林信勝種別 地下人平民出身地 山城国主な根拠地 武蔵国江戸入間県大里郡大幡村著名な人物 林羅山支流、分家 第二林家(地下人)凡例 / Category:日本の氏族閉じる 元禄4年(1691年)、鳳岡が任じられた以後の官位は大学頭、これは本来名目的な武家官位で、江戸幕府における役職とは無関係であったが、幕府が建設した湯島聖堂の管理に始まり、当初は林家の家塾であった昌平坂学問所が幕府の機関になると、その長ともなる幕府における役名ともなった。 家禄は慶安元年(1648年)910石が羅山に給された後も順次、加増があって1500石程度。林述斎の代で大きく加増され、従来は1523石であったものが、3000石と倍増し、座班も奥詰小姓番頭次席(従来は奥詰)に引き上げられた[1]。 林羅山 - 林家の始祖。 林鵞峰 - 羅山の三男。 林鳳岡 - 鵞峰の次男。 林榴岡 - 鳳岡の子。 林鳳谷 - 榴岡の子。 林鳳潭 - 鳳谷の孫。(林竜潭の子。) 林錦峯 - 鳳潭の養子。 林述斎 - 松平乗薀の三男。 林檉宇 - 述斎の長男。 林壮軒 - 檉宇の長男。 林復斎 - 述斎の六男。 林学斎 - 復斎の次男。 第二林家 概要 第二林家, 本姓 ...第二林家 不明本姓 藤原北家利仁流家祖 林信勝種別 地下人平民出身地 武蔵国江戸主な根拠地 武蔵国江戸東京都凡例 / Category:日本の氏族閉じる 林読耕斎(靖) - 林羅山の子。 林春東(勝澄) 林葛廬(信如) - 春東の養子。 林菊渓(信亮) 林観山(信方) 林琴山(信隆) 林復斎(のち、林家11代) 林鶯渓 - 林復斎の長男。 系図 林家 林信時 信勝(羅山)1永喜 春勝(鵞峰)2第二林家 信篤(鳳岡)3靖(読耕斎) 信充(榴岡)4勝澄(春東) 信言(鳳谷)5信寛(鳳池)信如(春益)[注 1] 信愛(龍潭)信亮(菊渓) 信徴(鳳潭)6信方(観山) 信敬(錦峰)7[注 2]信隆(琴山) 衡(述斎)8[注 3]韑(復斎) 皝(檉宇)9鳥居耀蔵韑(復斎)女女晃(鶯渓)林昇(学斎) 健(壮軒)10岩瀬忠震堀利煕曄[注 4] 韑(復斎)11暲 晃(鶯渓)林昇(学斎)12 [1]旧姓:高麗氏 [2]旧姓:富田氏 [3]美濃岩村藩主・松平〈大給〉乗薀の三男。 [4]旧姓:山高氏 脚注 出典 [脚注の使い方] [1]揖斐 高「寛政異学の禁と学制改革:老中松平定信から大学頭林述斎へ」『日本學士院紀要』第77巻第3号、日本学士院、2023年5月、179-219頁、CRID 1390296066525918336、doi:10.2183/tja.77.3_179。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks