林芋村
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1886年(明治19年)長野県下伊那郡千代村荻坪(現・飯田市)に生まれた[1][2]。父は芳平、母はとみ[2]。四男だった[2]。千代村立千代尋常小学校(現・飯田市立千代小学校)、農工補習学校を卒業し、徴兵検査で甲種合格となったことで近衛兵として入隊した[2]。除隊後には役場の吏員として働いていたが、1915年(大正4年)28歳の時に波合村の尋常小学校(現・平谷村立平谷小学校)で代用教員となった[1]。1922年(大正11年)12月、尋常科正教員資格を取得[1]。平谷湖の近くに住み、年老いた母親や子どもとともに暮らした[1]。平谷村で15年間教壇に立っていたが[1]、1929年(昭和4年)4月3日、植林中に古木の下敷きになって死去した[1]。44歳没。