林輝太郎
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概要
幾度も小豆での成功と失敗を繰り返した後、技法を中心とした取引に転換する。ヤマハ通商での事業は成功させることができなかった。その際、林は「相場の世界は実に単純なんです。値動きは激しいし、生き馬の目を抜く世界ですが、すべてが規格化されていて価格の交渉や仕入れ、販売ルートをつくる努力とか、そんなものは不要です。だが相場の世界でうまく立ち回れるからといって、いわゆる商売が上手にできるということではありません」と述べている[3]。
林は日本の高度成長から1980年代末のバブル景気に至る過程で大きな成功を収め、さらに市場が加熱した時点では全てを手仕舞い休みを入れ、バブルが崩壊して以後は十年にわたる売りに転じるなど、市場の流れを見事に捉えた。また、生涯を通じて個人投資家教育に情熱を傾けた[3]。