平壌生まれ。本名・亀谷(かめがい)梧郎。1946年内地へ帰り、東京都立大学 (1949-2011)英文科卒。日本大学豊山高等学校教諭。
朝鮮での敗戦体験を小説にし、『円卓』『文学者』などに発表。のち南京大学客員教授。
1958年「第七車輛」で芥川賞候補、「ふりむくな奇蹟は」で同、59年「橋《九月十一日》」で同、1961年「仁王」で直木賞候補、64年『誰のための大地』で同、70年『南北朝の疑惑』で同。計六回、芥川・直木賞候補となった[2]。
第1回社会党文芸賞、中国国家友誼奨を受けた。
なお、目黒寄生虫館を創設した亀谷了は実兄にあたる。