柏木神社 (甲賀市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 柏木神社 | |
|---|---|
|
拝殿 | |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市水口町北脇187 |
| 位置 | 北緯34度58分40.105秒 東経136度9分35.121秒 / 北緯34.97780694度 東経136.15975583度座標: 北緯34度58分40.105秒 東経136度9分35.121秒 / 北緯34.97780694度 東経136.15975583度 |
| 主祭神 | 大己貴命、誉田別命、川島皇子 |
| 社格等 | 旧県社 |
| 創建 | 伝・白鳳元年(673年) |
| 本殿の様式 | 三間社流造 |
| 例祭 | 4月20日 八幡祭9月14日、9月15日 |
| 地図 | |

歴史
社伝によると、白鳳元年(673年)に日吉宮と称して大己貴命を祀ったのに始まるという[1]。
建久元年(1190年)に源頼朝が上洛した際、鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を合祀して多くの神田を寄付し、若宮八幡宮、柏木若宮社と呼ばれるようになった[1]。京の公家、飛鳥井大納言が荘園として柏木御厨を営み、その縁により子孫が神職として仕えている[1]。柏木・伴谷地域に広がる伊勢神宮領の柏木御厨、柏木庄16か村の惣社として[1]、また柏木地域を支配した山中氏・美濃部氏・伴氏(柏木三方中)の有力な土豪の信仰を集めた[2]。
天正8年(1580年)に織田信長の軍勢が当地を攻めた際、旧楼門は安土の摠見寺に移築され、銘木は持ち去られ、宝物、古文書、主要建物を焼失した[2]。
寛永9年(1632年)に水口城が築かれ、後に城番として山口弘隆が入ると当社への崇敬の念篤く、幾多の寄進がなされている[1]。承応4年(1655年)には山口弘隆により本殿・楼門が修復され、石灯篭・手水鉢が寄進されている[3]。
境内
文化財
祭事
- 例祭 - 4月20日
- 八幡祭 - 9月14日・15日
所在地
- 滋賀県甲賀市水口町北脇187
