弱いと思われていた者が、強いと思われていた者に勝つということを意味する。この言葉は柔軟なものが堅いものを相手にする場合に力を出していないような状態のことを表しても用いられている[1]。しなやかなものが堅いものをうまく受け流して最後に勝つということである[2]。
この言葉は古代中国の『三略』という兵法書から来ている。そこでの軍讖で柔よく剛を制すと述べられていた。それによると柔とは徳であり、剛とは賊であるとのこと。柔は設けるところがあり、剛は施すところがあるとのこと。この柔と剛に、強と弱も加えられた4つを兼ね備えるのが良いとされた。柔でもあり剛でもあるならば光るが、専ら柔や剛のみであるならば必ず削られるとのことであった[3]。
この言葉は老子からともされる。老子の『道徳経』に、天下には水よりも柔らかくて弱いものはないのであるが、堅く強いものを攻めるにはこれに勝るものはないということが述べられている。水とは形が無いようであるが、岩を削り山を動かすほどの力を持つ。直接ぶつかるのではなく、流れるように迂回して長時間をかけて浸食することが、この言葉が表していることということになる[4]。