柳沢主尹
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柳沢 主尹(やなぎさわ もりただ)は、江戸時代後期の旗本。通称は吉太郎、のち八郎右衛門。
柳沢聴信の長男。母は山中廣幸の娘。子の正信が家督を継いだ。
- ↑ 町田市史編纂委員会編 1974、1235頁
- ↑ 「昌平阪(注:ママ)學問所御書付届」の文化11年3月付記事によると「右四ケ年以前より學問所寄宿稽古仕居候者」(文部省編 1970、852頁)とあり、少なくとも4年前より、寄宿稽古人として学問所に在籍していたことがわかる(主尹は当時、部屋住)。なお、同年12月、父・聴信が田安家老に就任したことに伴い、「宿許取込繁用」(文部省編 1970、853頁)となったため、主尹は学問所を退学している。
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- 吉次1652-1664
- 信尹1664-1724
- 信孝1724-1738
- 信武1738-1757
- 信門1757-1770
- 聴信1770-1832
- 主尹1832-1851
- 正信1851-1863
- 鉞次郎1863-1867
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