柴田方庵
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経歴
常陸国多賀郡会瀬村(現在の茨城県日立市)に柴田伝左衛門昌俊の次男として生まれる。14歳の時江戸に出て、儒学者であり養父が医師でもある朝川善庵に儒学と医学を師事する。
天保2年(1831年)には西洋医学を学ぶとともに国外の情勢を伝えるよう水戸藩の命を受けて長崎に出る[1]。長崎ではシーボルトの門人たちやオランダ軍医オットー・モーニッケに最新の西洋医学を学び開業。一方で、水戸藩へ長崎や海外の情報をいろいろ伝えており御目見得格五人扶持に遇された。郷里の常陸国に戻ることなく長崎に没した。
長崎滞在中の日記である「日録」は同時代の貴重な資料となっている[1]。1984年から日立市の古文書学習会が日録の翻刻に着手し、計41人が参加し、2021年に翻刻事業が完了して関連史料とともに全8巻にまとめられた[1]。