柿木金助 From Wikipedia, the free encyclopedia 柿木 金助(かきのき きんすけ、生年不詳 - 宝暦13年8月21日(1763年9月28日))は、江戸時代の盗賊で、元は尾張国中島郡柿木島村(のちの愛知県稲沢市)生まれ[1]の百姓。 正徳2年(1712年)、大凧をもちいて名古屋城の金鯱の鱗を盗んだという。ただし、この話は伝説であり、実際には名古屋城本丸の土蔵に侵入し、舟を使って逃走した。宝暦13年(1763年)8月21日、名古屋の町を引き回しのうえ、尾張藩の刑場・土器野(かわらけの)で磔獄門に処せられた。 彼が金鯱の鱗を盗んだという話は、天明3年(1783年)大坂で上演された初代・並木五瓶作の歌舞伎「傾城黄金鯱(けいせいこがねのしゃちほこ)」などに脚色された。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 1991, p. 446. 参考文献 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 編『角川日本姓氏歴史人名大辞典23 愛知県』角川書店、1991年10月30日。ISBN 4-04-002230-0。 外部リンク 名古屋城紹介サイト 柿木金助の伝説 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles