栖来ひかり
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山口県出身[1][2]。山口市にある中学校・高校に通った[3]。京都市立芸術大学美術学部卒業[1][2]。京都市立芸術大学では映像制作などを学んだ[4]。
2006年(平成18年)には結婚を機に台湾に転居した[5]。
2017年(平成30年)、台北を中心とする台湾のY字路に着目し、それぞれのY字路にある重層的な記憶や物語を拾い上げる日本語・台湾華語併記の書籍『在台灣尋找Y字路 台湾、Y字路さがし。』を台湾で刊行した[6]。2018年(平成30年)、山口県について台湾華語で著した書籍『山口,西京都的古城之美:走入日本與台灣交錯的時空之旅』(幸福文化/讀書共和國)を台湾で刊行した[3]。同年には台湾と山口県の結びつきを紹介する書籍『台湾と山口をつなぐ旅』(西日本出版社)を刊行した[4]。
2019年(令和元年)10月、台湾のY字路を題材とした書籍『時をかける台湾Y字路 記憶のワンダーランドへようこそ』(図書出版ヘウレーカ)を刊行した[5][7]。2017年(平成29年)に台湾で刊行したエッセー本をベースに追加取材などを行い、全面的に改稿したものである[7]。
2023年(令和5年)、日本のオンラインメディアや「ユリイカ」等雑誌向けに執筆したエッセー(書下ろし含む)をまとめた書籍『日台万華鏡 台湾と日本のあいだで考えた』(書肆侃侃房)を刊行した[8]。
2023年(令和5年)、二十四節気七十二候など台湾の季節や風習、行事に着目したエッセー集『台湾りずむ 暮らしを旅する二十四節気』(西日本出版社)を刊行した[9]。
2024年(令和6年)には柯宗明が著した書籍『陳澄波を探して 消された台湾画家の謎』(岩波書店)の翻訳を手掛けた[10]。
台湾からの引き揚げ者らを中心に作られた台湾協会台湾連絡所長、山口県人会会長を務める[11]。